A. 好きになった人のことを知りたいというのは、人間の自然な感情だと思います。それに、結婚するとなると、単に「好きだから知りたい」っていうポジティブな感情だけでなく、「うまくやっていけるかな」という漠然とした不安も感じるかもしれません。「元恋人のことが気になる」という嫉妬の気持ちも湧くかもしれません。
ネガティブな感情にとらわれて、こっそりとSNSなどで何か手がかりを探してしまう、ということもあるかもしれません。
インターネットが普及するまでは、恋人の過去を知ろうと思えば、誰かに聞くか、誰かが教えてくれなければ、知ることはできませんでした。
ネットのない時代、恋人の友人にさりげなく聞くこともあったかもしれません。正直に教えてくれそうな人を見定めたり、その人との関係性をつくったり、「あー気になるんだ?」というからかいを覚悟したりするなど、それなりの覚悟がなければ聞くことができなかったでしょう。あなたが信頼されていなければ、聞かれた人物も何も教えてくれないでしょう。
かつて、他人のことを調べるというのは、それなりにハードルの高いものでした。
ところで、「興信所(こうしんじょ)」「身元調べ」とか「釣書(つりしょ・つりがき)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
「興信所」は、「探偵社(たんていしゃ)」とも呼ばれますが、例えば、配偶者の浮気であるとか、行方しれずの家族の行方とか、結婚相手の素行などを調べる仕事です。これを「身元調べ」といいます。「探偵業法」という法律にのっとり、法律の範囲で調査をすることになっています。しかし過去には、法律に違反して、戸籍を不正に取得して、それを商売にしている業者がいることが明らかになりました。不正に取得した情報をやりとりする大きなネットワークがあったのです(プライム事件と呼ばれています)。依頼の多くは、部落出身者かどうかを調べる目的であったといいます。また、不正に取得された情報をもとにストーカー被害にあった人もあるといいます。
なお、部落出身であるかどうかといったことを調べることは、探偵業法で禁止されています。
一方、「釣書」とは、婚約や結婚のときに、交換する「家族のプロフィール」です。本人だけでなく、家族についてのことも書きます。学歴や仕事、現住所と本籍地、健康状態なども書きます。もしかしたら、「知りたい情報が満載!」と思う人もいるかもしれません。
釣書は何のためにあるでしょうか。それは「うちの身元はしっかりしている」、「結婚相手にふさわしい」という証明書のようなものです。
では、しっかりしていない身元とはなんでしょうか?それはつまり、部落出身者かどうか、外国籍かどうか、病歴や障害者かどうかなど、いわゆる社会的なマイノリティを指します。また、離婚の経験や、犯罪歴、借金の有無、財産の有無など、個人的な経歴も含むでしょう。
結婚相手が、自分たちの望まない属性や経歴を持つ人でないかどうか、証明させるのが釣書です。
ここまで聞いて、「そこまでするの!?」とびっくりする人もいると思います。しかし、現在も婚約や結婚のときに、身元調べや釣書を必要だと考える人がいるのです。
しかし、相手の身元を知ろうとすると、興信所に実際に足を運ぶとか、婚約者の親などに釣書を要求するという高いハードルがありました。「身元を気にするような人」と思われたくないという心理も働いたことでしょう。
ところが、恋人のある程度の過去であったり、部落出身者かどうかを確認する「てがかり」が、ネットで簡単にみつかってしまうようになってしまいました。あえて、そのような情報を拡散していることさえあるのです。
つまり、インターネット時代になって、「身元調べ」をめぐる状況は、大きく変わりました。「身元調べはダメ」では済まない状況になってきました。
ネットで気軽に「身元調べ」ができてしまうため、心理的なハードルがさがってしまうかもしれません。しかし、気軽に調べられる情報であろうと、高いコストをかける情報であろうと、調べている内容は同じなのです。
しかし、自覚しておかなければならないことがあります。あなたがこっそり恋人のことを調べたとき、相手の「身元」や過去の経歴に、「気になること」(しかも真偽はよくわからない不確かな情報です)が見つかったとき、あなたは自分が「調べた」という行為に向き合っていかないといけなくなります。
あなたは、自分が身元を調べたことを相手に言うことはできるでしょうか?相手が、自分からその内容について話してくれることを待つことができますか?あなたは、相手がそのことを話してくれるような、信頼できる関係性を作れるでしょうか?それとも、ひとつの「気になること」だけで、あなたは相手をあっさりと切ることができるのでしょうか?こっそり身元調べをするような奴とは付き合えないと、逆に相手に嫌われてしまうこともあるかもしれません。
そもそも、あなた自身、過去のSNSでの言動や、日常的な行動、そして「身元」などを、恋人がこっそり調べていたら、どう思いますか?あなたも「身元調べされる側」になる可能性は十分にあると思います。
「気軽にできてしまう」のと、「気軽にしていい」のは、別の問題だと考えられます。身元調べをした後に生じる状況に、あなた自身が必ず対応を求められるのだということは自覚していてほしいと思います。
(くろみつ)