「法学セミナー2019年1月号」7-10頁

「『差別されない権利』の権利性―『全国部落調査』事件をめぐって」

                    金子匡良執筆・日本評論社


 このABDARCは、示現舎=鳥取ループによる部落の所在地情報を暴露する行為に対する裁判を支援することを目的に立ち上げられたサイトであり、この間の一連の裁判の過程を紹介しています。また、実際に裁判を担当してくださっている弁護士の先生方に、裁判の経過を説明していただくイベントも開催してきました。

 

 だけど、仮処分や仮執行についての決定が沢山だされてきて、これらを読みこなすのはとても大変だし、そもそもそれらの決定は、一般に入手可能な判例集には搭載されていないので、入手すること自体が困難です。そのため、この裁判が一体何を争っているのか、訴訟の当事者が、どんな権利を侵害されたのか、法的な用語の難しさもあって、なかなかうまく理解できないかもしれません。

 

 この点をとても簡潔に解説してくれているのが、この短い記事です。著者の金子匡良先生は、部落問題についても長らく関わってこられ、憲法学の通説・判例がとらえきれていない今日的な差別の実態を踏まえた、新たな平等規定の解釈論を提案してくれています。

 

 そこで、示現舎の事件で侵害された権利・利益を簡潔に解説してくれているこの記事を、少し平易にご紹介したいと思います。

 

まず、この裁判では、原告側は、3つの権利を侵害されたとして、争っていると指摘します。それは、①プライバシー権、②名誉権、そして③差別されない権利です。

 

①プライバシー権

 プライバシー、つまり私生活の保護は、憲法13条から派生する「人格権」の一つとして、裁判上保護されてきましたが、従来のプライバシー権の枠組みからすると、部落の所在地情報の公開は、少々難しい問題がありました。というのは、プライバシーは、具体的な個人が名指しされたり、具体的個人を連想させるような情報が公開されたりすることから、その個人を保護する趣旨なわけですが、全国部落調査の所在地情報それ自体は具体的個人の氏名や住所を直接記載しているわけではありません。そのため、プライバシー権侵害といえるかどうかは微妙な問題だったわけです。

 

 しかし、この一連の決定のうち、示現舎の不動産仮差押の異議審決定は、「債権者(原告のこと)の出身地を現に知っているか、あるいは今後知り得る者らにとっては、債権者が被差別部落の出身者であることを把握し得る情報が公開されたものにほかならない」と指摘しています。また、抗告審では、「全国部落調査データ(略)により、相手方の出身地区が同和地区であるかどうかの調査をすることが容易になる」として、いずれもプライバシー侵害を認めたとしています。

 

 この部分は、部落地名総鑑や示現舎の行為は、被告示現舎の言うような中立的な行為ではなく、部落の所在地情報が、部落出身者の住所と合わせて、部落出身者であることを暴き、差別につながることを率直に指摘しているわけです。

 

②名誉権

 誰しも社会生活を送るうえで、いたずらに誹謗中傷を受けず、人間としての名誉を傷つけられないことは、憲法上今一つの人格権、つまり名誉権として保護されています。

 本来、部落出身であること自体が、個人の社会的評価が下がることはあってはならない、部落問題解決とは、そのような状況を創り出すことであることからすると、著者は、この権利を主張することが、ある種のジレンマを生じると指摘しています。

 

 しかし、部落差別解消推進法が指摘しているように、現在においてもなお部落差別が現存しています。そのため、非常に残念なことに、部落出身であることが、社会的にマイナスの評価につながる。この点についても、不動産仮差押に関する異議審は「同和地区出身者に対する差別意識を持つ人たちが、未だ一部に存在していると解される現在の日本社会においては」名誉権侵害が生じると判示したとのことです。また抗告審は、「(略)名誉感情を害し、その人格的利益を侵害する」と判断したと指摘されています。

 名誉権についても、認められたということです。

 

③差別されない権利

 最後に、原告が主張している「差別されない権利」について解説しておられます。しかし、この権利は、これまでの裁判例で、「未だに具体的権利として是認されているとはいえず、その実体も明確ではない」と著者は指摘しています。

 

 しかし、今回の一連の決定は、「本件出版物が『人格権(不当に差別されずに生活する法的利益)』を侵害する」としたり、「原告には『このような不合理な差別を受けないという人格的利益が認められるというべきである』」と明記したり、「他者から不当な差別行為を受けることなく円滑な社会生活を営む権利利益は、『差別されない権利』という名称を付するか否かはともかく、人格権もしくは人格的利益の一つとして保障されるべき」であると判示したとのことです。

 

 つまり、この間の決定、特に不動産仮差押に関する判断で、これらの3つの権利・利益を裁判所は認めた、ということです。

 

 そのうえで金子さんは、偏見や差別意識に基づく不当な言動、ヘイトスピーチ、さらに合理的配慮の不提供といった、従来の憲法学上の平等原則に関する解釈がとらえきれていない問題について、憲法第13条に基づく人格権による保護から切り替えて、直接第14条に基づく平等権による保護を正面から認めたらどうか、と提案しています。そのための足掛かりとなる概念が、まさに今回の裁判で争われている「差別されない権利」なわけです。この裁判を通じて、差別と闘うための法解釈が、さらに進化することを期待したいですね。

 (さんたな)